いわゆるロックの名盤を語るときには欠かせないアルバム「ザ・ラーズ」。特にUKロック好きの間ではバイブル的な作品となっており、他の作品もさぞいいんだろうなと思いきや、活動期間中に残したアルバムはこの作品たった1枚のみ。リヴァプールが生んだ奇跡のメロディメイカー「リー・メイヴァース」率いるバンド、「ザ・ラーズ」の魅力を掘り下げてみます。
究極の完璧主義者=リー・メイヴァース
リヴァプール出身のバンドと言えば、誰もが「ザ・ビートルズ」を思い描くと思います。問答無用の説明不要。この先人類が滅んだとしても、人類に取って代わった知的生命体が我々のことを知るための参考資料にするレベルの偉大すぎるバンド。
そんなザ・ビートルズが生まれた地であるリヴァプールから、匹敵するほどの才能を持ったソングライターによって結成されたバンドがあったことをご存知だろうか。リー・メイヴァースを中心に結成された「ザ・ラーズ」。究極の完璧主義者であるがゆえに、1stアルバムのリリースまでに膨大な時間を費やし、結局そのアルバムのリリースをもって空中分解してしまった奇跡のバンド。
1984年に結成された「ザ・ラーズ」はメンバーチェンジを経て1986年、リーをフロントマンとして本格的な制作に入ります。Go! Discsというレーベルと契約後は、地元リヴァプールでのライブ活動と並行してシングルリリースを行いますが、肝心なアルバム制作となると完璧主義者リーのお眼鏡にかなうできとはなりません。プロデューサーと衝突をしてはボツとしてしまうことの繰り返し。
レーベル側もレコーディング費用を払っているわけで、さっさとリリースして費用を回収したいところ。バンド側の意見を聞いていては埒が明かないため、最終的にプロデューサーとして起用した、スティーヴ・リリーホワイトにミックスや仕上げをまるっと任せて作品を完成させてしまいます。そして1990年、ついに1stアルバム「ザ・ラーズ」がリリースされました。
プロデューサーが勝手に仕上げるなんて誰でも怒りそうな事態ですが、当然のごとく完璧主義者でさるリーも大激怒。「こんなもん買うんじゃねえ」と不買を訴え作品を嫌います。その後バンドの意向を無視するかのごとく、レーベル側が「ゼア・シー・ゴーズ」「タイムレス・メロディ」などをシングルとしてリリース。
結局1991年中心メンバーであったジョンが脱退したことによりバンドは空中分解。その後再結成をするも再度活動停止となり、結局世に出たアルバムは「ザ・ラーズ」1枚のみとなっています。
ずっとアルバムを作り直し続けているとの噂すらあがるリー・メイヴァース。彼にとっての完成形がどんなものになるのか、めちゃくちゃ気になりますが、悲しいかな世に出ることはないんでしょうね。
アルバム「ザ・ラーズ」の圧倒的な魅力
最終的にプロデューサーのリリーホワイトの手によって完成したこのアルバム、聴くたびにいつも思うんですが、本当に世に出ることになってよかったと。いくら作者本人が納得していなかろうとこれは無理矢理にでも出して正解! この曲たちが日の目を見ないことになったら曲が可哀想すぎるw
リヴァプール出身者らしく、タメと開放が心地いいリズミカルなマージービートサウンドに美しいメロディ。そして魅力的なしゃがれた声ときれいなファルセットを使い分けるリーのボーカルが楽曲に彩りを加えます。
1990年リリースの作品ながら、醸し出すアナログ感に見え隠れする60~70年代UKロックの空気。ザ・ビートルズの普遍性、ザ・ローリング・ストーンズの衝動、そしてザ・フーの革新性といった、レジェンドたちのアイデンティティをすべて内包するかのような化け物作品ぶり。
ベタですが「ゼア・シー・ゴーズ」の完成度の高さは素晴らしく、イントロのアルペジオの美しさと、ポップかつ繊細なメロディは、いつどの時代に誰が聴いても素直にいいと思える楽曲だと思います。
豪華すぎるプロデューサー陣たち
アルバムが完成するまでに多くのプロデューサーたちが関わり、そして離れていったわけですが、いわゆるアウトテイク集である「 コーリン・オール 」にて、その苦悩の歴史を少しだけ垣間見ることができます。どのテイクにしても何がそんなに気に入らないのか、楽曲そのものが良すぎるため、どう料理してもおいしく食べられる状態。しかも料理しているプロデューサーは以下のような一流どころ。
・スティーヴ・リリーホワイト
手掛けたアーティスト:U2、トーキング・ヘッズ、モリッシー、ザ・ローリング・ストーンズ等
・ジョン・レッキー
手掛けたアーティスト:ストーン・ローゼス、ザ・ヴァーヴ、レディオヘッド、ミューズ等
・マイク・ヘッジス
手掛けたアーティスト:マニック・ストリート・プリーチャーズ、トラヴィス、ザ・キュアー等
・ジョン・ポーター
手掛けたアーティスト:ザ・スミス、B.B.キング、ライアン・アダムス等
これでも一部ですが、プロデューサーたちもダメ出しされるたびにさぞ困惑したことでしょう。しかし裏を返せば、これだけの敏腕プロデューサーが手掛けたいと感じたということ。
今後2ndアルバムがリリースされることはおそらく無いでしょうが、延々と聴いていられるこの1stアルバムと膨大なアウトテイク集を聴きながら、気長に待つとしましょう。